コーヒーの歴史・カルディ誕生伝説を知ったら、誰かに話したくなっちゃう!

コーヒー野歴史・カルディ誕生秘話 コーヒー知識

こんにちは!ユリペです。

 

今回はちょっとお勉強の時間♪

コーヒーの知識を深めませんか?

 

コーヒーの歴史は広くて深遠です。

知識を身につけることで、コーヒーの味わいはますます深くなりますよ(^^♪

 

コーヒーはいつ?誰が?どこで?どのように発見したのでしょう?

コーヒーの生い立ちから喫茶店のルーツを学んで、コーヒーのすべてを知り尽くしましょう♥

 

コーヒーの世界史

イスラム世界で薬として始まったコーヒー

『2つのコーヒー発見伝説』

今日に伝えられているコーヒーの発見のエピソードには、2つあります。

 

1・イスラム層のシーク・オマールの発見伝説

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:イスラムの林

オマールは、イエメンオザーブという山で、一羽の鳥が赤い木の実をついばんでいるのを口にしました。

 

すると、疲れが癒され爽快になったため、それを持ち帰ってスープを作り人々に配ったというものです。

 

2・カルディの発見伝説

カルディは、山羊たちが夜になっても元気に飛び回っていることに気付き、

山羊たちが食べていた赤い実を食べてみます。

 

すると、全身に活力がみなぎるのを感じ、

驚いたカルディはイスラム寺院の修道士にその話を伝えたということです。

 

ちなみに、コーヒー専門店の「カルディーコーヒーファーム」の由来がも、ここからきているようですね!

商品パッケージの裏に記されていますよ(^^♪

 

2つの説に共通するのは、イスラム寺院の僧が関わっていることです。

 

伝説の真偽はともかく、コーヒーがイスラムの秘薬として長い間使われたのち、

世界に広まったのは事実のようです。

 

ローマ法王の認可で、コーヒーはキリスト教世界へ

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:ヨーロッパ地図

世界発のコーヒーハウスが開店したのは、1554年のこと。

トルコのインスタンブールの「カフェカーネス」でした。

 

このころイスラム世界を中心に広まっていたコーヒーは、少しずつヨーロッパのキリスト教徒の国でも知られるようになっていましたが、本格的に飲まれるようになったのは、1600年頃から。

 

コーヒ-に興味を持ったローマ法王クレメン8世が、

「異教徒の飲み物にしておくのは惜しい、キリスト教徒の飲み物としよう」

と宣言したのをきっかけに、キリスト教徒も抵抗なくコーヒーを飲むようになりました。

 

その後、コーヒーはまたたく間にヨーロッパ県内に広がり、1645年、イタリアのベネチアにヨーロッパ発のコーヒーハウスが開店しました。

 

コーヒーの日本史

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:古い書籍

ヨーロッパからの本に伝わったコーヒーは、大正時代。

喫茶店でブラジルコーヒーが安く提供されることをきっかけに、庶民の間に広まりました。

 

江戸時代、長崎で広まったコーヒーが江戸へ

日本人で初めてコーヒーを飲んだのは、16世紀の終わりごろ、

織田信長とも豊臣秀吉ともいわれていますが、真偽のほどははっきりしていません。

 

文献の中に、コーヒーと思われる記述がみられるのは、

江戸時代の1724(享保9)年に記された「和欄問答」と言われています。

 

当時出島があった長崎では、オランダからコーヒーがもたらせていたのは確かなようで、

大宰府天満宮の古文書中の中に、「1797(寛政9)年、長崎の井出要右衛門が、

「コーヒーと砂糖を奉納した」という記録も残っています。

 

また1826年(文政9)年には、シーボルトが「薬品応手録」の中で、薬としてコーヒーをすすめています。

 

日本で本格的にコーヒーが飲まれるようになったのは1858年、(安政5)年に日米修好通称条約が締結され、コーヒーが正式に輸入できるようになってからと言われています。

 

明治時代半ば、日本初の喫茶店オープン

日本で最初の喫茶店は、1888(明治21)年4月に、東京上野にオープンした「可否茶館」です。

喫茶室は2階で、コーヒーのほか、パンやカステラなどを提供。

 

1回にはシャワー室や化粧室があり、トランプや、碁、将棋のほか、ビリヤード台や、クリケット場がある総合施設で、庶民としての役割が期待されていました。

 

しかし、当時としてはあまりにも豪華な施設で庶民にはなじめず、4年ほどで閉店したそうです。

 

20年後の1911(明治44)年、銀座に次々にカフェがオープン!

コーヒーを愛した作家たち

初めてカフェ(当時はカフェー)を店名にした「カフェ・プランタン」は2階が会員制で、

森鴎外や谷崎潤一郎、永井荷風、黒田清輝ら、当時の文化人が名を連ねていました。

 

毎月カフェ「メイゾン鴻の巣」で会合を開いていたそうです。

文士たちがコーヒーを愛飲していたのですねー

 

その後の喫茶店の原型になったのが、「カフェーバリスタ

当時のカフェは料理がメインで、西洋レストランという趣が強かった中で、

ここでは、コーヒーをメインに提供。しかも、1杯5銭という安さで一躍人気になりました。

安さの秘訣は「カフェーパウリスタ」の社長であった水野龍氏の功績によります。

 

水野氏は、最初のブラジル移民船「笠戸丸」の運行を計画し、自ら団長として乗船。

その後も半生を通して日本人のブラジル移住に尽力し、今日では「ブラジル移民の父」と呼ばれています。

 

その水野氏に功績に対して、大正時代にブラジルのサンパウロ州政府が、コーヒー豆を無償供与。

 

水野氏はその豆を使って日本にコーヒーを普及させるため、手ごろな価格でコーヒーを提供したのです。

 

「銀ブラ」の語源となった銀座のブラジルコーヒー

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:古いコーヒーカップ

皆さんは、「銀ブラ」ってなんの略か知っていますか~?

 

「銀ブラ」というと、銀座でブラブラしながら買い物をすることと思っている人が多いのではないでしょうか。

 

実は、本当の意味は、銀座の「カフェパウリスタ」で、ブラジルコーヒーを飲むことです。

知らなかったです~

 

開店当時、銀座店では1日に4000杯ものコーヒーが飲まれていたと記録が残っているそうです。

すごいですね!

 

開業当時のお店は閉鎖されていましたが、1970(昭和45)年に再開。

 

コーヒーカップやスプーンは当時のものを復元。

内装も緑の壁紙や鏡など、開業当時の雰囲気を再現しています。

 

ぜひ一度訪れてみたいですね。

 

日本で誕生した、世界発の缶コーヒー

世界初の缶コーヒーを開発したのは、1969年に、UCC上島珈琲(株)の創業者、故・上島忠雄氏です。

 

当時は駅で瓶で販売されていて飲み終わったら瓶を返却するシステム。

 

創業者の上島氏が列車の発車に間に合わず、飲み残しのまま売店に返却したのをひどく痛み、

何かいいものはないかと模索した中で、「缶に入れる」というアイデアを生かし、販売に至った経緯があるそうです。

 

10月1日はコーヒーの日

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:シュークリームとコーヒー

コーヒーの日は国際協定で決められた10月1日

これはブラジルの収穫が9月でほぼ終わりとなり、10月から新年度に入ることで決められました。

 

社団法人全日本コーヒー協会でも、1983年度からこの日を新しい年号としています。

 

コーヒーアワーが楽しくなる豆知識として知っていると、誰かに話したくなっちゃいますね!

 

まとめ

コーヒーの歴史・カルディ誕生秘話:青いコーヒーの実

コーヒーの歴史、文化、いかがでしたでしょうか?

コーヒーに関わる歴史とすべての人の愛情。。。

コーヒーには様々なエピソードがありました。

 

今日飲む一杯のコーヒーは、コーヒーに詰まったそんなストーリーも一緒に味わってほしいです♥

 

今日の一杯は格別の一杯になりそうですね(^^♪

 

ユリペ